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<title>下弦の月――For The Dying Moon――</title>
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<description>日々胸のうちで生まれる「ざっそう」の墓場（「ざっそう」は、「雑草」、「雑想」、どちらでも。価値は大して変わらない）</description>
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<title>なんだろうね、これは。びっくりだ</title>
<description> 　今までと訪問者数は大して変わらないのに、急に拍手が増えた。　評価してもらえるのは嬉しいが、急に増えたので最初見た時は驚いた。言葉についての話とか、あまり面白くなさそうな記事にも拍手があった。あんな長い文章を読んでくれてありがとうございます。　ただ、この場を借りて訂正しておきたいことが一つ。自分でも読み直してみたが、人類の病気という記事で言葉の恣意性について書いた以下の部分。つまり、対象と記号の間
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<![CDATA[ 　今までと訪問者数は大して変わらないのに、急に拍手が増えた。<br /><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/k/u/s/kusakabekeito/visitor_02.png" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/k/u/s/kusakabekeito/visitor_02.png" alt="visitor_02.png" border="0" width="70%" height="70%" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-27.fc2.com/k/u/s/kusakabekeito/visitor_04.png" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-27.fc2.com/k/u/s/kusakabekeito/visitor_04.png" alt="visitor_04.png" border="0" width="70%" height="70%" /></a><br /><br />　評価してもらえるのは嬉しいが、急に増えたので最初見た時は驚いた。言葉についての話とか、あまり面白くなさそうな記事にも拍手があった。あんな長い文章を読んでくれてありがとうございます。<br /><br />　ただ、この場を借りて訂正しておきたいことが一つ。自分でも読み直してみたが、<a href="http://kusakabekeito.blog78.fc2.com/blog-entry-444.html" target="_blank" title="人類の病気">人類の病気</a>という記事で言葉の恣意性について書いた以下の部分。<br /><br /><blockquote><p>つまり、対象と記号の間には結びつけられる必然性なんて存在しないわけだ。これだけでも、言葉の恣意性は明らかだ。<br /></p></blockquote><br /><br />　というところだが、これは間違いだ。言葉の恣意性があるのは、例えば「馬」という概念が「うま」という音で表現されることに必然性がないという部分であり、この記事中で使っている言葉でいえば「対象」と「解釈項」との間にあるのではない。このあたりは誤解を招きそうな表現だったので訂正しておく。後、「言葉は記号ではない」です。読み直してみると、本当に粗が目立つ。わざわざ記号論の用語を引っぱってきたのに、それを正確に使っていない。<br /><br />　なにが一番恥ずかしいって、他人を批判していて自分が実は間違っていたことに気づくときほど恥ずかしいことはない。幸いにも同記事は特定個人や集団を名指して批判しているというわけでもないが、それだけに人類全体に向けて緩く批判の目を向けている。つまり、人類全体に向けて赤っ恥をかいたわけだ。<br />　これで僕が東大教授だったりしたら困ったことになっただろうが、そんなことはないので、嘘をつき通すよりもホーキングの「まちがったことを文章のかたちで認めるほうがずっといいし、混乱を引き起こさなくてすむのではなかろうか」という言葉に倣いさっさと認めておく。間違いは他人に指摘されると意固地になるが、先手を打って自分で認めてしまえば、それがかえって誇りになる。<br />　これからも誰かに指摘される前に自分で間違えは潰していこうと思う。小者だから他人に言われると認めにくくなるのだ。 ]]>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:date>2009-09-22T19:02:03+09:00</dc:date>
<dc:creator>日下部恵人</dc:creator>
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<title>吐き気を催す人々</title>
<description> 戸籍制度見直しへ議連　民主有志戸籍制度の廃止をめざす議員連盟が、民主党の有志議員約30人により10月に発足することがわかった。名称は「戸籍法を考える議員連盟（仮称）」で、呼びかけ人は川上義博氏、松本龍氏ら。個人を単位とした登録制度をつくるため、戸籍法の廃止も含む見直しを提案している。東京都議会議員土屋たかゆき氏のブログ今日の”つっちー”より「国民の生活が第一」というキャッチコピーは一体どこが使っていたん
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<![CDATA[ <blockquote><p>戸籍制度見直しへ議連　民主有志<br />戸籍制度の廃止をめざす議員連盟が、民主党の有志議員約30人により10月に発足する<br />ことがわかった。名称は「戸籍法を考える議員連盟（仮称）」で、呼びかけ人は川上<br />義博氏、松本龍氏ら。個人を単位とした登録制度をつくるため、戸籍法の廃止も含む<br />見直しを提案している。<br />東京都議会議員土屋たかゆき氏のブログ<a href="http://www2u.biglobe.ne.jp/~t-tutiya/cgi-bin/sf2_diary/sf2_diary/" target="_blank">今日の”つっちー”</a>より<br /></p></blockquote><br /><br />「国民の生活が第一」というキャッチコピーは一体どこが使っていたんだっけ？　この不景気に、政権を取って最初に検討をはじめたのが「外国人地方参政権付与」、「人権擁護法案」、「戸籍制度の見直し」。どれも国の形に関わるものではあるが、不況に喘ぐ国民の生活を守るためのものとは思えない。<br /><br /><blockquote><p>このことで、私が、民主の本音が「マニフェストに書いていない」と論文発表したことが正当化される。政調会は、選挙はマニフェストで闘うと言っていた。確かにマニフェストで闘ったが、その後の政権では政策集やそれ以外の左翼的政策がオンパレード。</p></blockquote><br /><br />　要は<span style="color:#FF0000"><span style="font-size:x-large;">詐欺</span></span>である。<br />　<span style="font-size:x-large;"><span style="color:#FF0000">一から十まで嘘まみれの詐欺師集団である。</span></span><br />　はっきり言って民主党には詐欺以外にはなにもない。政治資金でマンションを買い漁る小沢一郎と故人献金で後ろめたい金を隠している鳩山由紀夫、他にもマルチ商法や詐欺と縁の深い議員が上に行くほど増えていく。<br />　誰だ？　こんな奴らを支持したのは？<br />　僕は民主党というのは日本人の汚ない部分が集まったゴミ溜めだと思っている。こんな政党が政権党になったのは日本の恥であり災厄だと思っている。おそらくマスコミは彼らを庇うだろう。マスコミも日本の汚物の溜まり場だからだ。<br />　この吐き気がする連中を二度と這い上がることができないように葬り去ること。それがこの災難を利用してできる唯一の善きことだろう。表に出れば、民主党に入れた人々も彼らの正体に否が応にも気づかざるを得ないからだ。<br />　せめてそのくらいのことは、期待してもいいだろう。 ]]>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:date>2009-09-22T18:32:53+09:00</dc:date>
<dc:creator>日下部恵人</dc:creator>
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<title>民主党は日本経済を粉砕する</title>
<description> 　民主党について書いた二つの記事に、それぞれ一つ拍手がついていた。この記事を読んでくれているかはわからないが、評価してくださってありがとうございます。　結局民主党政権が成立したわけだが、国民はせっかく自国の経済が非常に有利な状態にあったのに、わざわざ自分で自分を奈落の底に叩き落としたとしか思えない。　民主党の政策は緊縮財政で、「国債はこれ以上発行しない」と言っている。民主党は反自民を掲げて政権交代
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<![CDATA[ 　民主党について書いた二つの記事に、それぞれ一つ拍手がついていた。この記事を読んでくれているかはわからないが、評価してくださってありがとうございます。<br /><br />　結局民主党政権が成立したわけだが、国民はせっかく自国の経済が非常に有利な状態にあったのに、わざわざ自分で自分を奈落の底に叩き落としたとしか思えない。<br />　民主党の政策は緊縮財政で、「国債はこれ以上発行しない」と言っている。民主党は反自民を掲げて政権交代を果たしたわけだが、そのやり方は小泉時代の自民党そのものだ。むしろ自民党の方が、今では小泉時代の政策を修正しているわけだから、経済政策を見ると民主こそまさに自民であり、自民は反自民であるというややこしい構図になっている。<br /><br />　民主党はコンクリートじゃなくて人にお金を使うんだと言う人がいるかもしれないが、そもそもコンクリートに使ったお金も最終的には人の手に渡るんですよ？　と言いたい。コンクリートはお金を持てないし、<span style="color:#CC0000">誰かの支出は必ず誰かの収入になる</span>。国から民間にお金が渡り、その民間へ渡ったお金が使われることでさらにまた民間の別の誰かの収入になり、それがまた……(以下略)。忘れているのか気づいていないのか知らないが、お金は消滅しないのである。<br />　日本は高度成長期には公共事業をどんどんやって経済成長をしてきた。ただ、公共事業はやればやるほど段々効果が薄くなってくる。公共事業を減らしたのは、効果が薄れてきたからであり、公共事業というもの自体が経済成長に貢献しないと判断されたわけではない。<br />　しかし、今では日本人は公共事業を単純に悪と判断する条件付けがなされているように見える。民主党もまるっきりそういう思考回路だ。<br /><br />　しかし、考えてみてほしい。景気が低迷して民間で需要がつくれない場合、国家がお金を出して需要を支えないで、一体誰が支えるというのだろう？<br />　GDPには公共事業による政府の消費や、公務員への給与なども含まれている。つまり、公共事業を行わず、公務員を削減するということは、そのままGDPを削るということを意味する。<br />　政府がお金を使うことを悪だと思っている人たちには、なら<span style="font-size:large;"><span style="color:#CC0000">誰が代わりに不況における需要や雇用の低下から国民を救えるのか</span></span>教えてほしい。<br />　民主党は確実に、せっかく麻生政権が回復への道筋をつけた経済を台無しにする。<br />　そしてその代わりに日本が得るのは「外国人参政権」や「中国からの移民」などの売国法である。<br /><br />　国民は民主党に票を入れることで「だらしない」自民党にお灸をすえたつもりかもしれないが、そんな馬鹿げた考えで票を入れて、お灸をすえられるのは結局国民なのである。<br />　民主党が日本に対してできる最高の貢献は、「<span style="color:#CC0000"><span style="font-size:x-large;">さっさと潰れること</span></span>」だけだ。 ]]>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:date>2009-09-08T18:23:18+09:00</dc:date>
<dc:creator>日下部恵人</dc:creator>
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<title>全体主義国家も景気低迷も嫌なので動画を宣伝</title>
<description> 　民主党の問題点を全て語ってくれている。
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<![CDATA[ 　民主党の問題点を全て語ってくれている。<br /><script type="text/javascript" src="http://ext.nicovideo.jp/thumb_watch/sm7632810?w=320&h=240"></script> ]]>
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<dc:subject>日記</dc:subject>
<dc:date>2009-07-17T19:34:59+09:00</dc:date>
<dc:creator>日下部恵人</dc:creator>
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<title>人類の病気</title>
<description> 　現代の人間は皆同じ病にかかっている。それは言葉の病だ。殆どの人間が言霊に踊らされて現実を見ない。現実との接触が不可能になっている、なんて言えば、少しポストモダンっぽくもある。　言葉が軽んじていながら言葉に踊らされている。言葉について真剣に考えることもなく、歪んだ言霊に踊らされて真実を見る目を塞がれてしまっている。その結果自分自身でさえもよくわからない他人になってしまった。人間は過去や未来から引き
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<![CDATA[ 　現代の人間は皆同じ病にかかっている。それは言葉の病だ。殆どの人間が言霊に踊らされて現実を見ない。現実との接触が不可能になっている、なんて言えば、少しポストモダンっぽくもある。<br />　言葉が軽んじていながら言葉に踊らされている。言葉について真剣に考えることもなく、歪んだ言霊に踊らされて真実を見る目を塞がれてしまっている。その結果自分自身でさえもよくわからない他人になってしまった。人間は過去や未来から引き離され、もはや他人を理解もしない。ただ現在の自分独り(それさえも見知らぬ他人のようによそよそしい)。<br />　言葉の病気は人間の根を腐らせる最も危険な病気だ。言葉が狂ってしまったなら、一体何者が正常でいられるだろう。<br /><br />　言葉は現実と一対一で対応しているわけではない。記号論的に言えば、記号(石や鉛筆などの具体的な物、あるいは秩序といった抽象概念の名前)、解釈項(記号が意味するもの、石なら硬くて重くてその辺に転がっている物、秩序なら物事が規則正しく整然としている様とでもいう具合)、そして対象(つまり石と呼ばれている物そのもの、抽象概念の場合、「そのもの」はイデア界でも探さなければどこにもない)の三つに分けて考えることができる。当然ながら、記号は対象そのものではないし、解釈項も対象そのものではない。<br />　指と月に例えるなら、言葉は指で、月が言葉の意味するものという風に考えることもできるが、指が正しく月を指し示すとは限らない。それに、人間というのは愚かなもので、最初は指が示す月の方に目を向けていても、やがて本来重要ではないはずの指にばかり目を向けるようになったりもする。そういう人間が存外学者などに多いのは、おそらく現実よりも言葉とばかり向きあっている者が多いせいだろう。学問をしなくても常識は持てるが、常識というかコモンセンスというか、現実と言葉のバランス感覚のようなものがなければ学問が真理に達することなんてあり得ない。常識は学問に依存しないが、学問は常識に依存する、ということだ。<br /><br />　そもそも本来現実というのは、豆腐のように境界線もなく、人の意思次第でどのようにでも切り分けられるような存在でしかない。僕らが住んでいる世界というのは言葉によって予め切り分けられた豆腐のことなのだ。言語こそが世界、というのも、言い過ぎではあるがあながち嘘でもない。<br />　ソシュールという言語学者の理論を説明する例として、犬、野犬、山犬、狼という言葉の話がわかりやすい(これは丸山圭三郎という人が『ソシュールの思想』という本で書いていることだ)。<br />　犬、野犬、山犬、狼という言葉は、まぁ似たような動物のことを指している言葉という意味で近い言葉だ。今では平安貴族みたいに「あなや」なんて叫ぶ人間はいないように、言葉は時代と共に変化する。上の四つの言葉のうち、山犬という言葉が「あなや」とか「チョベリバ」などのように死んでしまったとしよう(平安貴族は死滅したが、コギャルも死滅したのかな？)。しかし今まで山犬と呼ばれていた動物は別に死滅したわけではない(逆に対象が死んでしまっても、必ずしも言葉は死なない。だからこそ僕らは死者の記憶を持つことができるのだ)。<br />　では山犬という言葉の死後、人々は元「山犬」と出会ってそれをなんと呼ぶか。新しい名前をつくるか、それとも呼ぶに呼べずに口籠るか。まぁ、普通に「野犬」とか「犬」と呼ぶことだろう。つまり、今まで山犬という言葉がカバーしていた部分を、他の意味的に近い言葉がそのカバー範囲を広げて補うわけだ。他にも、愛というものをラブと言ったりアモーレと言ったり、挨拶でも「こんにちは」と言ったり「ハロー」や「ボンジョルノ」と言ったり、言語が違えば、記号もまるで違うものになってしまう。つまり、対象と記号の間には結びつけられる必然性なんて存在しないわけだ。これだけでも、言葉の恣意性は明らかだ。<br /><br />　言葉のさらにタチが悪くまた有益なところは、豆腐を単に切り分けるだけでなく、そこに醤油をかけたり葱をのせたりもするというところだ。あらゆるものには意味がある。そして意味を与えているのは言葉なのだ。人の価値観や認識の体系は、言語の体系とほぼ同じことだ。<br />　ところで、言語が違っても、人間には世界中で共有される価値観とか意味付けがある。それだってまったく同じわけでもないが、とにかく共有される価値というものはある。これは、多分人間が肉体を持って生まれた生物としての条件が、ある程度までものの見方というものを限定しているからだろう。簡単に言えば、食べられるものの方が食べられないものよりも、人間にとって重要で、目にもつきやすい、とかそんな感じだ。人間といえど文化は違えど結局やることは同じだ。食料を確保し、外敵から身を守りながら子孫を残し種を繁栄させていく。この土台がなければ人間がどんな高尚な思想を持ったって生き残れない。<br />　この生物としての条件による限定は、重要ではあるがそれで人類が皆同じだとか言えるようなものでもない。人間の脳を見ればわかるが、生きていくのに必要な原始的な脳は、あんまり必要のなさそうな大きな脳にすっぽり覆われてしまっている。要するに、重要ではあるが全てではない、ということだ。文化的な差異を人類の共通性で越えられると考える人は、人間の人間としての意味とか積み重ねを完全に否定することになる。こういう人間が理想主義者とか博愛主義者とかに多いので、この手の人達を僕はまるで信用できない。この手の人間は言葉の病気の重篤患者だからだ。<br /><br />　人は言葉によって世界を分節し、意味を与える。この、人が言葉にのせて世界に与える意味が過剰になる時。それが言葉の病気が発症する時だ。言葉は言葉だけで完結する輪を形成し、人々を現実から引き離してしまう。動くのは言葉だけで、人の心はその強すぎるイメージを焼きつけられてただその言葉を自分の口でも言ってみるだけのオウムになってしまう。それがつまるところ「大衆」というものだ。だから、その本質からして、大衆というのはそもそも狂的なところがある。<br />　氾濫する言葉に抗って自分の言葉を持つことができる人間というのは本当に少ない。そしてそういう人間の言葉は、確かに特別なものであり真剣に耳を傾ける人にとって意義のあるものなのだけど、大衆の間で氾濫し彼らの口を借りて反響する過剰な言葉と対決するにはあまりにも脆弱だ。<br />　結果として、現実との接触を失い言葉の輪に閉じ込められた大衆が、大した真剣さもなしに(現実から切り離されて、どんな真剣さを人は保てるだろう)狂的な行動に出る。「精神錯乱は個人の場合には稀なことである。－－だが、団体、党派、民族、時代などになると、それが普通なのであ」(ニーチェ)というわけだ。<br />　一人で考えるよりも大勢で考えた方が良案が浮かぶと僕らは考えるけれど、ただのオウムになってしまえばかえって数が多い方が危険だ。特に、今のように情報伝達の技術が発達した時代には。もし人類を滅ぼすものがあるとすれば、それは陳腐化したマスメディアだろう。これが間違いなく言葉の病気を蔓延させる媒介者となる。<br /><br />「言葉だけが大切で、残りはむだ話だ」なんて言う人もいるくらいで、まさに人間の世界の殆どは言葉に支配されているのだ。奴隷になるのに意志なんて必要ないが、主人になるには主たらんとする意志がいる。言葉の重要性を自覚しないなら、人はずっと言葉の奴隷だろう。それで時に(あるいは常に？)狂気にかられ、真剣さのまるでない初まり方をする悲劇を幾度となく演じることになり、それを人類は後生大事に歴史として抱えていくことになるだろう。<br />　人間はいつまでも猿の延長線上にはいられない。石槍や弓で動物を狩っていた頃とは違うのだ。2000年前の人間が地球を滅ぼそうとどんなに強く決意したってそんなことできはしなかったが、今の人類には容易くそれができる。徒党を組めば数万、数百万に達したりもするし、陳腐な言葉でもメディアを通せば何百万何千万という人の所まで届いてしまう。いい加減、自覚を持たなければならない、ということだろう。神様を殺して神様の所から何もかも盗みだしてしまった盗人は、結局身に余る重荷を背負わなければならなくなったわけだ。言葉の病気から開放され、言葉の奴隷から言葉の主人に変わらなければならない。<br />　主人になるのは、場合によっては奴隷でいるよりもずっと大変なことだ。でも、下らない悲劇を繰り返して歴史書を愚行でぶ厚くするよりは、ずっといいと思うよ。<br /> ]]>
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<dc:date>2009-07-15T19:48:32+09:00</dc:date>
<dc:creator>日下部恵人</dc:creator>
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